2018年04月23日

悪いことが起きた時

友人がロッカーの鍵をかけ忘れて、ネックレスを盗まれた、と連絡がきました。
「盗難にあったのはじめてで、ショックで」
少し事情を聞いたり、やりとりしてたんですが、忘れたのでも、失くしたのでもなくやはり、盗られてしまったようでした。

「じゃ、あなたの命救ってくれたに違いないよ〜」
突然、私がそう言ったので、その友人は相当びっくりしたようでした。

「ネックレス探して、ウロウロしてたでしょう?その時間ずれて、きっと、そのおかげで交通事故に遭わなかったんだよ。きっとそうだよ〜良かった」

彼女は「そんな視点なかった」と笑ってました。

でも、このまま気分悪いままで帰ったら、もしかしたら気を許している家族や大事な人にあたったり、イライラして仕事で判断ミスしちゃうかもしれない。それが続くと大事な人や仕事が離れていく。

もっと大事なものを失いかねない、と思うのです。

だから、悪いことが起きると、「これは絶対に何か良いことにつながるに違いない」と考えて、すぐに切り替える。そう私は意識しています。

だって、モノがなくなったくらいは、また働いてお金ためてもっといいの買おう!そう思えれば、それは逆に良い強さになるかな。と思うのです。

でも、「想い出の品は?」「想いが入ってるモノ失くしたら辛い」と聞かれたら。

実は、私は1年ぐらい前に、結婚指輪を失くしたのです。。。苦笑。が、まぁ、指輪はなくなったけど、想い出も、現在も、未来もそれ以外は何にもなくなってない。

私は感情的な性格で、すぐ悲観になるし、そうしがち。だからこそ、自分に言い聞かせて生きてます。

何かを失った時に、それをひきづって、自分の未来をつぶして歩くのか?

友達も、本当にそんな盗難ってなかなかないから、命すくわれたのかも。と、なんだかふっきれたみたいでした。「よし、仕事がんばろ!もっといいネックレス買お〜」って言って、連絡してきたより気持ちがすっきり上がってたみたいで、わたしもつられてうれしくなり、久しぶりにブログ書いてみました。

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2018年03月06日

アフリカ遺児高等教育支援 100年構想

3月2日に京都で行われてた あしなが育英会が先導する「アフリカ遺児高等教育支援
100年構想」の国際会議に日本の代表の一人として出席してきました。

国際的な影響力を持つ人々をアドバイザーとする諮問機関ということで、世界中から元大臣や著名大学の学長などが集まっていて、今回は京都の開催だったので、京都市長、京都大学総長も参加されていました。

「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」とは、世界最貧国群と言われているサブサハラ(サハラ砂漠以南)49ヶ国の各国から毎年一人ずつ優秀な遺児を世界の大学に留学させ、母国の様々な分野で活躍するリーダーを育てようという構想で、議長はフランス投資総監督、元ルノー会長のルイ・シュバイツァー氏。

世界各国の著名人を、英語が全くできない玉井会長がまとめあげていて、本当にそのまきこみ力に、ただただ驚愕しました。
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今回の会議のテーマは、その優秀な遺児を例えば、ハーバード大学やフランスのトップの大学に入れた場合、果たして母国に帰って活躍するのか。でした。

トップの大学に行くとアフリカでなかなか良い就職先がない、と。それを聞いた私、

「え」

就職するんかいw

そもそも私は、アフリカで今必要なのは、多くのゼロを1にすることを考える起業家なんじゃないかなと思っています。


あの市場でどう稼いでたくさんの人を雇用できるか。そんなことを学び考える人材を作ることが大事なんじゃないかな、と。

そして自分の国で成功すれば、のちに国をつくる仕事にも自然に関わっていけるのではないか、と。

『そもそもトップの有名大学にいかせると言う考え自体がちょっと古いかも』と思い、そんな意見を分科会の議論でも話しました。

でも世の中のエリートの中では、まだそう思わない感じ。
はい、ものすごく少数意見だったです。(苦笑)

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良い大学に行って、組織で働きリーダーとなる人材もとても重要だと思います。

ただ、アフリカでリーダーをつくる、という壮大な構想を成り立たせるためには、「起業家」思考を意識的に入れないとって真剣に思うのです。
だから、会議中にではなく会議後に、たくさんの人と話しあいました。

少しでも役にたてたら良いな〜と思ってます。


  
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2017年11月01日

北京でシェアカー競争が加速してきたもようです

北京の家のまわりの路上に突然現れたシェアカー
最近は、シェア自転車の競争が有名で、ご存知の方も多いかと思いますが。
自転車北京



今日、突然路上にずらり。
く、く、車キターーーーーー!!!
思わず叫んでしまいました。

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それもアウディだし。
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バーコードでアプリで読み込んだら
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もうこんなに。
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最初の私の反応は、やばい。笑
迷惑じゃないか。
路上駐車、今でもなかなか車停めるの困難なのです。。

でもそんなこと、まずはやってみて考えればいいじゃん的な勢いがあるのが、今の中国のビジネス。そもそも元の土台がないんだから、なんでもトライ、それから調整って感じがあります。

そのなんだかすごい勢いや若い経営者たちの生き生きした感じ見ると。戦後、日本で若い経営者たちが今は大企業になっている会社を創業してた時はこんな感じだったんじゃないのかな、ってふと思いました。


とりあえず、いろいろダイナミック。
でもすざましいんで、北京にいると日々自分の常識と戦いながら生きてる感じもします。
同時に自分の理解超えることを単に否定したら、そこで固まっておわりだから、自分の頭をいつも柔軟にしていたいなぁって思っています。

  
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2017年09月01日

うまくいかないぐらいがちょうどいい

自分が働いていていて思うのは
うまくいかない時の学びは
( からだに残る)ということ。

特に苦しんだこと
もがいたこと

悩んだこと

辛い決断したこと
されたこと

かっこ悪かったことのひとつひとつ が
ありがたいほどに、今の自分をつくってると思う。

でも、経験を重ねるとどんなことがあっても
うまくかわす事が自分がいる。
ちょっと、かっこいい感じ?


だけど、かっこいい時は
止まってる

休みたい時は止まるけど、元気になったら

いつもどこにいけば
たくさん恥をかく事ができるのか
って考えてるよ


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2017年08月05日

家出ファミリー

家出ファミリーを読みました。

もしも、自分の夫の仕事がうまくいかなくなり、仕事をしなくなり、その上、暴力があり、夫の親戚からも受け入れてもられず、働いても、働いても生活は貧しい。

もし私がそんな状況になれば、この小説の中の母親と同じような精神状態になってしまう可能性はあるよ。そう心から思いました。

家出ファミリー [ 田村真菜 ]
家出ファミリー [ 田村真菜 ]

私が貧乏な国の貯金も仕事もない留学生と学生結婚すると決めた時に、親、親戚だけでなく多くの人に反対されました。

「子どもが生まれたら一生差別される」
「飢えたらどうするの?」
そんなことたくさん言われました。

でも、まぁ、その時は若いし「そんなん、なんとかなるだろう」って思ったのです。
でも、それって単に運が良かっただけかな、と今では思います。


もちろん努力もしました。でも努力をしている人は山ほどいます。
この小説の母親だって私以上に努力してる。

家出ファミリーは、自伝的ノンフィクション小説なのだそうです。

もしもそこの子どもとして自分が生まれていたら、どうなっていたのだろう。
主人公のように賢くないので、もがいて、もがいてそれでもうまくいかない世界に住んでいただろう。
あり得ること。


だから、どう感想を書けば良いのか本当に戸惑いました。それは、どの登場人物にも自分が、なりうると心底思えるからです。

作者の 田村真菜さんのインタビューは検索してもらったらたくさん見つかります。淡々とそして凛としています。壁をはい上がり超えた人だけが持つ潔さ、があります。

ただ、あまりの文章の凄さや、彼女の経験が違いすぎて、どう語ろうと、どうわかろうとしても、路上で寝た経験を持たない自分のどういう解釈も、ある意味薄っぺらいんだと思ってしまいます。


この本をベッドサイドの横に置いていたら、中学生の娘が読み始めていました。

表紙が漫画ぽかったからかもしれないです。彼女は、最近は漫画しか読まないのでびっくりして
「読んだ?」
と聞いたら娘は
「うん」と答えました。でも、そのまま何も言わないので
「どうだった?」と聞くと
「何が?」と無表情で言います。

「感想だよ」
「う〜ん。誰も死ななくてよかった」


それだけ。そのあと娘は、何も言いませんでした。

その日の夜に、娘は突然、私と夫を代わる代わる、ぎゅっ、とハグして一言
「だいすき」
と言ってから自分の部屋に入っていきました。

彼女は何も言わなかったけれど、私は自分の(たまたま)に感謝したように、思春期の娘は、(あたりまえ)と思っていた日常に感謝したんだろうな、と思いました。

たぶん、そういうことも含めて色々と気がつかせてくれるような小説でした。
夏休みに親子で読むのにいいかもしれない、と思います。


花

  
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2017年07月13日

お母ちゃんとの約束

感想を書きたいとずっと思いながら、うまく気持ちが書けなかった本について。
実際に望月郁江さん自身起こったことを、娘の望月泉さんが文章にしたもの。
本当におこったこと。
たった70年前と思うと愕然とする。

戦争が終わり、母や妹を亡くし、当時10歳だった少女が、6歳の弟とふたりだけで、満州から日本に帰る壮絶な話。

でも、戦争前の写真をみると、みんなおしゃれして楽しそうです。まさか後に、悲惨な戦争がはじまるとはとても思えない。

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どの国にしても、報道によって、世論っていくらでも相手の国のイメージを変えられます。
全ては、本当のことかもしれない。

でも、その悪いところだけをたくさん集めると(意図的でも意図的でなくても)イメージは悪くなる。
こんな悪いことをした。信じられない。悪い奴らだ。そんなことできるなんて頭がおかしい。そういう刷り込みがされ、大衆が怒る。
そこに、権力を持つ政治家が、相手の国に憤り、勃発的な何かがおこり、戦争になる。

歴史は、いつもだいたいいつも同じ繰り返し。


でも決断する権力者は、大概前線にはいかない。
死んだり、傷つけられたり、戦わされるのは、何も決断もしていないたまたまそこに住む一般の人たち。子どもたち。
どの国にいても同じ。

たまたまその国に生まれただけで、権力者がどんなにひどくても、なんの罪のない子どもまでも殺しても死んでも、
「しかたがない」そう皆がうつむいて、言ってしまうのが戦争だと思う。

だから、私たちは、大衆の一人として、そういう刷り込みにのって、(感情を暴走させる)ことに、敏感でいなくてはいけないと思う。

敏感な人が増えれば、それが力になる。必ず。





お母ちゃんとの約束 いっちゃんとキヨシちゃんが歩いた、満州五五〇キロ [ 望月泉 ]
お母ちゃんとの約束 いっちゃんとキヨシちゃんが歩いた、満州五五〇キロ [ 望月泉 ]


  
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2017年07月08日

愛は保証できるのか

七夕だったので、保証とか安定についてぼんやりと考えてました。

巷のニュースで騒がれてることで引っかかった言葉。
「幸せにしてくれると約束してくれたのに」

それ聞いて、そもそも「幸せ」とか「愛」って、そもそも約束というか保証できないよ〜。って思った。

仕事でも、そう。大企業に入ったって、いつリストラされるかわからない。
生きていく上で保証って、実は何にもないんだと思う。

みんなそれに気がついていて、だから、不安になって、その不安をかき消すために、つい一生懸命に(愛した人を束縛)したり、必要とされていない場所にしがみついたりする。

でも、まわりを見渡すと、嫉妬や愛から、相手を束縛するを選んだカップルは10年ぐらい経ってみれば、(諦め)(こんなもんか)って感じで何だか幸せそうになってない。

仕事だってそうだ。そこで必要とされなてないのに、安定を選んだ人の目はうつろだ。

保証や安定って、なんなんだろう。

私は、よく「安定してる結婚してていいなぁ」とか、「自由に行動されてるのは、お互い裏切らないと信用しあっているのですね」「凄いキャリアがあっていいなぁ」と言われる。

そう言われると思わず苦笑してしまう。

「別に安定してないよ。明日はどうなるかわかんないし」
そう言うと、みんな「???」って意味がわからないって顔をする。

そんな時、私だけ違う考えなのかなぁ。。と逆に驚く。

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「結婚」という誓いで、愛が安定するなら
「信用してる」という言葉で相手の気持ちや行動を縛るなら
それこそ「制約」や「束縛」であって「愛」じゃない気がする。

もちろん約束や誓いの言葉が悪いとは思わないし
甘い言葉は甘美で素敵だし、結婚の誓いは美しいって思う。
でもそれは、その日のその瞬間の気持ちなんだと思う。
本当に、ほしいものは、そんなことで「確約」できない
って、思う。

キャリアにしてみてもそうだ。
私の仕事はフリーランスで、自分のできることぐらいはいつでも代替えがきく。流行り廃りもあるので時流が変われば簡単に仕事はゼロになる。

だから安定なんてとこから一番遠い。

そう答えてみるけれど、大概は、あんまりわかってもらえない。

ただ、人と話していて、私が他の人とものすごく違うな、と感じる点があるとしたら、みんなは、それでも、どこか安定を探し求めていて、私はといえば、明日の保証はどこにもない。それでいい。と決めているところなんじゃないかと思う。

明日に安定や保証がないというのは、結婚していても愛した人から愛されなくなる可能性や、お金や仕事がなくなることや、子育ての問題、介護、もちろん災害も含んでる。

だって、生きてたらいろんなことが起きる。

ただ、危機があれば、私は、その(危機を一番大事な恋人を扱うように扱いたい)と思ってる。

どんなに傷ついて孤独になってでもそれを包みこんで前に進むぞ、って思う。笑

そして、安定や保証がないとわかっているからこそ、私は今日この時間を大切にする。
そして、一緒に過ごす相手が最高に心地よいと思えれば、あ、幸せだなとその都度思う

愛も幸せも一方的にもらうものじゃなくて、自分も参加してつくってるって感じがいい。大事なものができても束縛や制約でそれをがんじがらめにしない。永遠や保証がないからこそ、不安定だからこそ、見えるものだってある。



だから私には、安定や「幸せにしてあげる」と言う約束はいらない。



  
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2017年07月04日

DMM亀山会長とチャリティトーク 寄付イベントします!

モザンビークで、貧困家庭の女性や子どもの教育をするNPOアシャンテママの代表プラ子こと栗山さやかさん応援、チャリティー寄付イベントのお知らせです!

今回はDMM会長の亀山さんと私の人生相談対談!

「そ、そんなん面白いのかな。。。」と、戸惑う亀山会長と私に、ボランティア有志たちは 「お二人とも、天然なのでめちゃくちゃウケると思いますっ!!!!」と。

てんねん。。( ̄▽ ̄;)

頂いたお金は全額寄付になります。
いらしたみなさんが楽しかった〜って時間になるよう頑張ります!



下記が、詳細と申し込み先です

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DMM亀山会長 & 坂之上洋子さんチャリティトーク イベント


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文春オンラインの「かめっち会長の相談室」や中学生向けの「戦争は悪か正義か」等で大人気のDMM亀山会長。


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上場企業からベンチャー企業数十社の経営ストラテジストでもあり「結婚のずっと前」や「世界で1番大切なことの見つけかたPRESENT」等、恋愛本がベストセラーで、女子に絶大なる人気を持つ坂之上洋子さん。




今回は、異色のお二人のチャリティ、トークイベントを開催することとなりました!内容はあらかじめ皆さんから相談したいことを記載いただき、それにお二人にお答え頂く方式です。

仕事、恋愛、岐路に立った時、お二人だったらどういう風に決断するのか、どう考えるのか、興味深い目から鱗な、面白いお話がたくさん聞けるのではないかと思います。

イベント参加費は全額、モザンビークの最貧困地域で活動されている元109ガングロギャル栗山さやかさんに全額寄付予定です。

自分の悩みを相談したい方、お二人の考えに触れたい方、ぜひいらしてください。



【概要】

日時:7月14日(金)18時半開場/19時00分開演

場所:DMM.com(DMMグループ総合受付24階にお越し下さい)
   東京都港区六本木三丁目2番1号
   住友不動産六本木グランドタワー

参加費:5,000円(軽食込み)
    全額をアシャンテママの栗山さやかさんに寄付

※参加費は当日受付でお預かりいたします。
※本企画は、NPOアシャンテママ支援の有志による企画の為、DMMへはご連絡をされないようにお願い申し上げます。

協賛 DMM.com

(1)
先着順
先着当選した方には、直接メールをお送りします。

(2)
参加費は全額寄付予定のチャリティイベントです。
当選メール受信後に参加できないことが判明いたしましたら、info.purako@gmail.com 三島 まで至急ご連絡をお願い致します。
万一ご都合で急に参加できなくなってもご寄付頂ける方のご応募をお待ちしています。

■ご質問やキャンセルは下記までご連絡ください
info.purako@gmail.com 三島

申し込みはこちらから

申し込みURLが自動で開かない方はこちらから
https://ssl.form-mailer.jp/fms/27b0a019520202

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私も18時30分から、会場にいるようにします。本にサインとか、もちろんウェルカムです。遠慮なく声かけてくださいね!

お会いできるのを楽しみにしています!


  
Posted by tentenwang at 17:04Comments(0)

2017年06月25日

挑戦と冒険

思わず、ため息が出るほど美しい写真を撮る人に出会いました。
彼は、西安出身の中国人。日本で働きながら、東工大で論文で博士号をとったんだそう。

その後、彼は日本の企業のシンガポールの支店の立ち上げを任されたそうです。その時の仕事はうまくいき駐在待遇だったので給料が2千万円ぐらいあったそうです。

でも、どうしてもアメリカでトライしたいとの思いから、そんな良い待遇でうまくいっている会社をやめても、ゼロからのスタートで渡米することを決心。

でも会社を辞める決心を言った時に、日本人も中国人も友人全員が、気が狂ったのか。と大反対したそうです。

誰にも賛成してもらえないまま、彼はシリコンバレーにいきます。
で、ゼロから作った自分の会社を上場させたそうです。
(ストーリーが色々すごすぎなんで、割愛)

そして今、中国に戻り工場も作り、今度は中国で新しい会社を展開中。

趣味は冒険旅行で、世界中を旅しているそうです。

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彼にため息がでそうな写真をたくさん見せてもらいました。

でも、写真見ながら、「あ、ここ北極で車が雪で動かなくなり死にそうになったんだ」とか。
「前の車が白熊に襲われそうになった」とか。苦笑


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パラオの海でサメに出会ったこと。南極と北極の違いや、アフリカはナミビアがいいとか「日本語を久しぶりに話しました」という彼の話しに聞き入ってしまいました。

会社を起こすことも困難や見えない道がたくさんあるところを切り開くわけで、「自分には無理:って、止めるのは、いつも自分の頭の中にある壁なのだよなぁ、と思える出会いでした。

しかしそれにしても起業する人は冒険好きよね。。。私も、安定志向ではないし、いつでもゼロに戻れるという自負があるのですが。こんな断崖絶壁のところにいきたいとまでは。。。。
思えないかも。(ノ`Д´)ノ

いや、単に自分の頭の中をオープンにすれば、いいだけ。よねw

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2017年06月24日

目に見えないもの

友人の猫が死んでしまい、使っていたブランケットを見ては、何度も「まだそこにいる」ような気がするのです。って言ってました。
ペットは、家族と同じだと思います。だからその気持ちが、痛いほどわかります。



そんな話を聞いていて、ふと母の亡くなった後の不思議な出来事を思い出しました。

母は癌で亡くなったのですが、実は妹は海外で留学中で死に目に会えませんでした。彼女が戻ってきた時、実家はすでに菊の花に包まれたお葬式の用意が整っていました。
妹は知らせが遅かったことを怒っていました。

「死」というものをまじかに見た経験がなかった私には、母がもう死んでしまうようには、みえなかったのです。

彼女の悲しみはそれはそれは深いものがありました。
自分の部屋でうずくまって震えて泣いていました。
私は私で、まだ学期途中だしとか、母はなぜだか死なないと信じていて、早く帰ってきてもらうという判断がなぜできなかったのか、自分の落ち度に苦しみました。

お葬式が終わった日の夜に、妹の部屋の縁側に小さな猫がきました。野良猫だと思うのですが、子猫で、可愛くてずっと縁側でにゃあ、にゃあ、泣くのです。
私たちは、その子が可愛くて思わず、ミルクをあげました。

猫は頭がはげていて、まるで抗がん剤で頭の毛が亡くなった母のようだと私たちは苦笑しました。


愛らしい猫は、次の日もその次の日も縁側に逃げもせず、ずっといました。
「ミルクをあげたからだね」
妹や私たちはその突然の愛くるしい野良猫を見てくすり、と笑うようになりました。
そしてからだなでてあげたり、妹はキャットフードの高級なものを買ってあげたりしていました。
「そんなことしたら住みついちゃうよ」
そう言いながらも、私もその子を見て穏やかな気持ちになりました。

それから初七日の準備や葬儀の支払いや後片付け、長女として、やらなければならないことで目まぐるしくすぎて行きました。あまりにも雑用が多く、また自分も悲しみにくれており、妹にも気を使ってあげることもできませんでした。
その間、縁側にその子猫はずっといて、私たちは猫をなでては、ちょっとだけなごむのでした。

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そして、初七日が終わった日に、子猫は突然いなくなりました。

私たちはパニックになりました。交通事故にあったのではないか。保健所に連れて行かれたのではないか。そこらじゅう、探し回りました。
餌も毎日あげてたんだから、戻ってくるよ。
私たちは、慰めあいました。

それでも、その猫は戻ってきませんでした。

私たちは愕然としました。猫を飼ったことがなかったので、あの人懐っこさは、ペットの猫だったのかもしれないよねとも言いました。家に戻ったのかな、と。
ふと私が言いました。

「あれは、お母さんだったよね」
「うん。。。」
「写真とればよかったね。。」

私はスピリチャルなことを信じない現実主義者なので、ただの偶然だろうな、とも思っています。
でもあの子猫のおかげで、私たちの心が癒されたのは確かです。

(母がきてくれたじゃないかと私たちがそう思ってしまう)ほど、私たちは愛されたということなんだろうな、と。

「愛」という目に見えないもの。

今、苦しんでいる友人の心が癒されますように。

  
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