2017年09月01日

うまくいかないぐらいがちょうどいい

自分が働いていていて思うのは
うまくいかない時の学びは
( からだに残る)ということ。

特に苦しんだこと
もがいたこと

悩んだこと

辛い決断したこと
されたこと

かっこ悪かったことのひとつひとつ が
ありがたいほどに、今の自分をつくってると思う。

でも、経験を重ねるとどんなことがあっても
うまくかわす事が自分がいる。
ちょっと、かっこいい感じ?


だけど、かっこいい時は
止まってる

休みたい時は止まるけど、元気になったら

いつもどこにいけば
たくさん恥をかく事ができるのか
って考えてるよ


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2017年08月05日

家出ファミリー

家出ファミリーを読みました。

もしも、自分の夫の仕事がうまくいかなくなり、仕事をしなくなり、その上、暴力があり、夫の親戚からも受け入れてもられず、働いても、働いても生活は貧しい。

もし私がそんな状況になれば、この小説の中の母親と同じような精神状態になってしまう可能性はあるよ。そう心から思いました。

家出ファミリー [ 田村真菜 ]
家出ファミリー [ 田村真菜 ]

私が貧乏な国の貯金も仕事もない留学生と学生結婚すると決めた時に、親、親戚だけでなく多くの人に反対されました。

「子どもが生まれたら一生差別される」
「飢えたらどうするの?」
そんなことたくさん言われました。

でも、まぁ、その時は若いし「そんなん、なんとかなるだろう」って思ったのです。
でも、それって単に運が良かっただけかな、と今では思います。


もちろん努力もしました。でも努力をしている人は山ほどいます。
この小説の母親だって私以上に努力してる。

家出ファミリーは、自伝的ノンフィクション小説なのだそうです。

もしもそこの子どもとして自分が生まれていたら、どうなっていたのだろう。
主人公のように賢くないので、もがいて、もがいてそれでもうまくいかない世界に住んでいただろう。
あり得ること。


だから、どう感想を書けば良いのか本当に戸惑いました。それは、どの登場人物にも自分が、なりうると心底思えるからです。

作者の 田村真菜さんのインタビューは検索してもらったらたくさん見つかります。淡々とそして凛としています。壁をはい上がり超えた人だけが持つ潔さ、があります。

ただ、あまりの文章の凄さや、彼女の経験が違いすぎて、どう語ろうと、どうわかろうとしても、路上で寝た経験を持たない自分のどういう解釈も、ある意味薄っぺらいんだと思ってしまいます。


この本をベッドサイドの横に置いていたら、中学生の娘が読み始めていました。

表紙が漫画ぽかったからかもしれないです。彼女は、最近は漫画しか読まないのでびっくりして
「読んだ?」
と聞いたら娘は
「うん」と答えました。でも、そのまま何も言わないので
「どうだった?」と聞くと
「何が?」と無表情で言います。

「感想だよ」
「う〜ん。誰も死ななくてよかった」


それだけ。そのあと娘は、何も言いませんでした。

その日の夜に、娘は突然、私と夫を代わる代わる、ぎゅっ、とハグして一言
「だいすき」
と言ってから自分の部屋に入っていきました。

彼女は何も言わなかったけれど、私は自分の(たまたま)に感謝したように、思春期の娘は、(あたりまえ)と思っていた日常に感謝したんだろうな、と思いました。

たぶん、そういうことも含めて色々と気がつかせてくれるような小説でした。
夏休みに親子で読むのにいいかもしれない、と思います。


花

  
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2017年07月13日

お母ちゃんとの約束

感想を書きたいとずっと思いながら、うまく気持ちが書けなかった本について。
実際に望月郁江さん自身起こったことを、娘の望月泉さんが文章にしたもの。
本当におこったこと。
たった70年前と思うと愕然とする。

戦争が終わり、母や妹を亡くし、当時10歳だった少女が、6歳の弟とふたりだけで、満州から日本に帰る壮絶な話。

でも、戦争前の写真をみると、みんなおしゃれして楽しそうです。まさか後に、悲惨な戦争がはじまるとはとても思えない。

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どの国にしても、報道によって、世論っていくらでも相手の国のイメージを変えられます。
全ては、本当のことかもしれない。

でも、その悪いところだけをたくさん集めると(意図的でも意図的でなくても)イメージは悪くなる。
こんな悪いことをした。信じられない。悪い奴らだ。そんなことできるなんて頭がおかしい。そういう刷り込みがされ、大衆が怒る。
そこに、権力を持つ政治家が、相手の国に憤り、勃発的な何かがおこり、戦争になる。

歴史は、いつもだいたいいつも同じ繰り返し。


でも決断する権力者は、大概前線にはいかない。
死んだり、傷つけられたり、戦わされるのは、何も決断もしていないたまたまそこに住む一般の人たち。子どもたち。
どの国にいても同じ。

たまたまその国に生まれただけで、権力者がどんなにひどくても、なんの罪のない子どもまでも殺しても死んでも、
「しかたがない」そう皆がうつむいて、言ってしまうのが戦争だと思う。

だから、私たちは、大衆の一人として、そういう刷り込みにのって、(感情を暴走させる)ことに、敏感でいなくてはいけないと思う。

敏感な人が増えれば、それが力になる。必ず。





お母ちゃんとの約束 いっちゃんとキヨシちゃんが歩いた、満州五五〇キロ [ 望月泉 ]
お母ちゃんとの約束 いっちゃんとキヨシちゃんが歩いた、満州五五〇キロ [ 望月泉 ]


  
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2017年07月08日

愛は保証できるのか

七夕だったので、保証とか安定についてぼんやりと考えてました。

巷のニュースで騒がれてることで引っかかった言葉。
「幸せにしてくれると約束してくれたのに」

それ聞いて、そもそも「幸せ」とか「愛」って、そもそも約束というか保証できないよ〜。って思った。

仕事でも、そう。大企業に入ったって、いつリストラされるかわからない。
生きていく上で保証って、実は何にもないんだと思う。

みんなそれに気がついていて、だから、不安になって、その不安をかき消すために、つい一生懸命に(愛した人を束縛)したり、必要とされていない場所にしがみついたりする。

でも、まわりを見渡すと、嫉妬や愛から、相手を束縛するを選んだカップルは10年ぐらい経ってみれば、(諦め)(こんなもんか)って感じで何だか幸せそうになってない。

仕事だってそうだ。そこで必要とされなてないのに、安定を選んだ人の目はうつろだ。

保証や安定って、なんなんだろう。

私は、よく「安定してる結婚してていいなぁ」とか、「自由に行動されてるのは、お互い裏切らないと信用しあっているのですね」「凄いキャリアがあっていいなぁ」と言われる。

そう言われると思わず苦笑してしまう。

「別に安定してないよ。明日はどうなるかわかんないし」
そう言うと、みんな「???」って意味がわからないって顔をする。

そんな時、私だけ違う考えなのかなぁ。。と逆に驚く。

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「結婚」という誓いで、愛が安定するなら
「信用してる」という言葉で相手の気持ちや行動を縛るなら
それこそ「制約」や「束縛」であって「愛」じゃない気がする。

もちろん約束や誓いの言葉が悪いとは思わないし
甘い言葉は甘美で素敵だし、結婚の誓いは美しいって思う。
でもそれは、その日のその瞬間の気持ちなんだと思う。
本当に、ほしいものは、そんなことで「確約」できない
って、思う。

キャリアにしてみてもそうだ。
私の仕事はフリーランスで、自分のできることぐらいはいつでも代替えがきく。流行り廃りもあるので時流が変われば簡単に仕事はゼロになる。

だから安定なんてとこから一番遠い。

そう答えてみるけれど、大概は、あんまりわかってもらえない。

ただ、人と話していて、私が他の人とものすごく違うな、と感じる点があるとしたら、みんなは、それでも、どこか安定を探し求めていて、私はといえば、明日の保証はどこにもない。それでいい。と決めているところなんじゃないかと思う。

明日に安定や保証がないというのは、結婚していても愛した人から愛されなくなる可能性や、お金や仕事がなくなることや、子育ての問題、介護、もちろん災害も含んでる。

だって、生きてたらいろんなことが起きる。

ただ、危機があれば、私は、その(危機を一番大事な恋人を扱うように扱いたい)と思ってる。

どんなに傷ついて孤独になってでもそれを包みこんで前に進むぞ、って思う。笑

そして、安定や保証がないとわかっているからこそ、私は今日この時間を大切にする。
そして、一緒に過ごす相手が最高に心地よいと思えれば、あ、幸せだなとその都度思う

愛も幸せも一方的にもらうものじゃなくて、自分も参加してつくってるって感じがいい。大事なものができても束縛や制約でそれをがんじがらめにしない。永遠や保証がないからこそ、不安定だからこそ、見えるものだってある。



だから私には、安定や「幸せにしてあげる」と言う約束はいらない。



  
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2017年07月04日

DMM亀山会長とチャリティトーク 寄付イベントします!

モザンビークで、貧困家庭の女性や子どもの教育をするNPOアシャンテママの代表プラ子こと栗山さやかさん応援、チャリティー寄付イベントのお知らせです!

今回はDMM会長の亀山さんと私の人生相談対談!

「そ、そんなん面白いのかな。。。」と、戸惑う亀山会長と私に、ボランティア有志たちは 「お二人とも、天然なのでめちゃくちゃウケると思いますっ!!!!」と。

てんねん。。( ̄▽ ̄;)

頂いたお金は全額寄付になります。
いらしたみなさんが楽しかった〜って時間になるよう頑張ります!



下記が、詳細と申し込み先です

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DMM亀山会長 & 坂之上洋子さんチャリティトーク イベント


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文春オンラインの「かめっち会長の相談室」や中学生向けの「戦争は悪か正義か」等で大人気のDMM亀山会長。


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上場企業からベンチャー企業数十社の経営ストラテジストでもあり「結婚のずっと前」や「世界で1番大切なことの見つけかたPRESENT」等、恋愛本がベストセラーで、女子に絶大なる人気を持つ坂之上洋子さん。




今回は、異色のお二人のチャリティ、トークイベントを開催することとなりました!内容はあらかじめ皆さんから相談したいことを記載いただき、それにお二人にお答え頂く方式です。

仕事、恋愛、岐路に立った時、お二人だったらどういう風に決断するのか、どう考えるのか、興味深い目から鱗な、面白いお話がたくさん聞けるのではないかと思います。

イベント参加費は全額、モザンビークの最貧困地域で活動されている元109ガングロギャル栗山さやかさんに全額寄付予定です。

自分の悩みを相談したい方、お二人の考えに触れたい方、ぜひいらしてください。



【概要】

日時:7月14日(金)18時半開場/19時00分開演

場所:DMM.com(DMMグループ総合受付24階にお越し下さい)
   東京都港区六本木三丁目2番1号
   住友不動産六本木グランドタワー

参加費:5,000円(軽食込み)
    全額をアシャンテママの栗山さやかさんに寄付

※参加費は当日受付でお預かりいたします。
※本企画は、NPOアシャンテママ支援の有志による企画の為、DMMへはご連絡をされないようにお願い申し上げます。

協賛 DMM.com

(1)
先着順
先着当選した方には、直接メールをお送りします。

(2)
参加費は全額寄付予定のチャリティイベントです。
当選メール受信後に参加できないことが判明いたしましたら、info.purako@gmail.com 三島 まで至急ご連絡をお願い致します。
万一ご都合で急に参加できなくなってもご寄付頂ける方のご応募をお待ちしています。

■ご質問やキャンセルは下記までご連絡ください
info.purako@gmail.com 三島

申し込みはこちらから

申し込みURLが自動で開かない方はこちらから
https://ssl.form-mailer.jp/fms/27b0a019520202

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私も18時30分から、会場にいるようにします。本にサインとか、もちろんウェルカムです。遠慮なく声かけてくださいね!

お会いできるのを楽しみにしています!


  
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2017年06月25日

挑戦と冒険

思わず、ため息が出るほど美しい写真を撮る人に出会いました。
彼は、西安出身の中国人。日本で働きながら、東工大で論文で博士号をとったんだそう。

その後、彼は日本の企業のシンガポールの支店の立ち上げを任されたそうです。その時の仕事はうまくいき駐在待遇だったので給料が2千万円ぐらいあったそうです。

でも、どうしてもアメリカでトライしたいとの思いから、そんな良い待遇でうまくいっている会社をやめても、ゼロからのスタートで渡米することを決心。

でも会社を辞める決心を言った時に、日本人も中国人も友人全員が、気が狂ったのか。と大反対したそうです。

誰にも賛成してもらえないまま、彼はシリコンバレーにいきます。
で、ゼロから作った自分の会社を上場させたそうです。
(ストーリーが色々すごすぎなんで、割愛)

そして今、中国に戻り工場も作り、今度は中国で新しい会社を展開中。

趣味は冒険旅行で、世界中を旅しているそうです。

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彼にため息がでそうな写真をたくさん見せてもらいました。

でも、写真見ながら、「あ、ここ北極で車が雪で動かなくなり死にそうになったんだ」とか。
「前の車が白熊に襲われそうになった」とか。苦笑


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パラオの海でサメに出会ったこと。南極と北極の違いや、アフリカはナミビアがいいとか「日本語を久しぶりに話しました」という彼の話しに聞き入ってしまいました。

会社を起こすことも困難や見えない道がたくさんあるところを切り開くわけで、「自分には無理:って、止めるのは、いつも自分の頭の中にある壁なのだよなぁ、と思える出会いでした。

しかしそれにしても起業する人は冒険好きよね。。。私も、安定志向ではないし、いつでもゼロに戻れるという自負があるのですが。こんな断崖絶壁のところにいきたいとまでは。。。。
思えないかも。(ノ`Д´)ノ

いや、単に自分の頭の中をオープンにすれば、いいだけ。よねw

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2017年06月24日

目に見えないもの

友人の猫が死んでしまい、使っていたブランケットを見ては、何度も「まだそこにいる」ような気がするのです。って言ってました。
ペットは、家族と同じだと思います。だからその気持ちが、痛いほどわかります。



そんな話を聞いていて、ふと母の亡くなった後の不思議な出来事を思い出しました。

母は癌で亡くなったのですが、実は妹は海外で留学中で死に目に会えませんでした。彼女が戻ってきた時、実家はすでに菊の花に包まれたお葬式の用意が整っていました。
妹は知らせが遅かったことを怒っていました。

「死」というものをまじかに見た経験がなかった私には、母がもう死んでしまうようには、みえなかったのです。

彼女の悲しみはそれはそれは深いものがありました。
自分の部屋でうずくまって震えて泣いていました。
私は私で、まだ学期途中だしとか、母はなぜだか死なないと信じていて、早く帰ってきてもらうという判断がなぜできなかったのか、自分の落ち度に苦しみました。

お葬式が終わった日の夜に、妹の部屋の縁側に小さな猫がきました。野良猫だと思うのですが、子猫で、可愛くてずっと縁側でにゃあ、にゃあ、泣くのです。
私たちは、その子が可愛くて思わず、ミルクをあげました。

猫は頭がはげていて、まるで抗がん剤で頭の毛が亡くなった母のようだと私たちは苦笑しました。


愛らしい猫は、次の日もその次の日も縁側に逃げもせず、ずっといました。
「ミルクをあげたからだね」
妹や私たちはその突然の愛くるしい野良猫を見てくすり、と笑うようになりました。
そしてからだなでてあげたり、妹はキャットフードの高級なものを買ってあげたりしていました。
「そんなことしたら住みついちゃうよ」
そう言いながらも、私もその子を見て穏やかな気持ちになりました。

それから初七日の準備や葬儀の支払いや後片付け、長女として、やらなければならないことで目まぐるしくすぎて行きました。あまりにも雑用が多く、また自分も悲しみにくれており、妹にも気を使ってあげることもできませんでした。
その間、縁側にその子猫はずっといて、私たちは猫をなでては、ちょっとだけなごむのでした。

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そして、初七日が終わった日に、子猫は突然いなくなりました。

私たちはパニックになりました。交通事故にあったのではないか。保健所に連れて行かれたのではないか。そこらじゅう、探し回りました。
餌も毎日あげてたんだから、戻ってくるよ。
私たちは、慰めあいました。

それでも、その猫は戻ってきませんでした。

私たちは愕然としました。猫を飼ったことがなかったので、あの人懐っこさは、ペットの猫だったのかもしれないよねとも言いました。家に戻ったのかな、と。
ふと私が言いました。

「あれは、お母さんだったよね」
「うん。。。」
「写真とればよかったね。。」

私はスピリチャルなことを信じない現実主義者なので、ただの偶然だろうな、とも思っています。
でもあの子猫のおかげで、私たちの心が癒されたのは確かです。

(母がきてくれたじゃないかと私たちがそう思ってしまう)ほど、私たちは愛されたということなんだろうな、と。

「愛」という目に見えないもの。

今、苦しんでいる友人の心が癒されますように。

  
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2017年06月21日

コンプレックス

自分背の高さにかなりのコンプレックスがありました。

昔、背が低い人を好きになったんですが、その人よりも、背が高かったので、最初から相手にされない感じでした。

モデルさんみたいに細いわけではないので、サイズが合わなくて着れる可愛い服もないし。

何よりも、思春期の頃、いろんな人から、醜い、でかい、蜘蛛女、巨大、とからかわれたりした事から根強いコンプレックスはきてるのかなぁ、と思います。

ティーンエイジャーの時に、好きな人に相手にされない程度ならしかたがないとも思うのですけど、いろんな人達から「巨大」「でかいな〜」って言われるのはたぶん相当きつかったんですよね。

でものちに、アメリカに行ったことで、サイズがあう服があるようになって、「別に私、そんなに巨大でもないのかもしれない」って事で、そのトラウマは徐々に消えていたと思っていました。

でも、小学生の娘がどんどん背が伸びてきたころ、突然、私はパニックになりました。

「ぎ、牛乳飲まないほうがいいんじゃない?」
「睡眠時間長すぎなんじゃない?」

背が高い=醜い

忘れていた自分のトラウマが思いきり降りてきたような感じでした。

娘は、生まれたときからアメリカの病院でアメリカ人の平均枠を超える「長身」と言われたことも心配を増した理由の一つにあったのかもしれません。

そして「どうしよう」って不安な感じが、ちょっとした(ため息)だったり、意識していない、(ひとこと)だったり、いちいち態度に出ていたらしいいのです。

そんな時に、普段、何にも言わない夫が、
「ね、お願いだから、背のことについて娘が卑屈になるようなことを言わないで欲しいんだけど」
といつもになく厳しい顔で言ったんです。

「僕は彼女が180cm以上になってもいいと心の底から思っている。そのことで、本人にコンプレックスをもってもらいたくないんだよ。背が高くて何が悪いの?」

私は慌てました。

「だって.....。しかたないのわかってる。わかってるけど1cmでも低いところで止まってくれたらって。あの子が誰からも愛されないかもと思うと心配になる」

そう言う私に夫がやさしく言いました。
「あのね、そういうの根本的に、問題はあなた自身だと思うよ」

泣きそうになりました。「だって、いやなんだもん」

「それ、英語ができない親が子どもに英語できるようにって無理に押しつけて、子どもが英語が嫌いになるのと同じ構造じゃない?まず、自分ができるようにして、親が英語で話す楽しみを経験して、キラキラしてたら自然に子どもも英語したくなるようになるでしょ。

自分が嫌だって事、自分で克服せずに、そのコンプレックスをそのまま子どもに移植してどうするよ」


それは、目から鱗が落ちたようでした。


自分の嫌なところを子ども移植する、それだけは、しちゃいけないと思いました。

それから、娘の背の高さが心配になってくると、とりあえずは、自分に向き合って、自分のカラダを好きになれるよう努力を心がけてました。運動が大嫌いな私が筋トレしたりヨガしたりコンスタントにしてるのは、そういう理由があったのでした。

それでも一度身につけたコンプレックスはなかなか、なおりません。
鏡見て、あ〜醜いって子供の頃に言われた言葉をつい自分に繰り返してしまう。

なんなんでしょうね、これは。いい大人なのに。 自分の事を受け入れればそれでいいだけなのに。単純に(そのままでいい)そう飲み込む事が、本当にむつかしい。

でも、せめて娘の心に変な穴を開けないこと。それは絶対にしちゃいけない、と自分に言い続けてました。

実は、最近娘が、鏡見て、ふと
「早くママより背が高くなりたいなぁ」
とつぶやいたのを聞いて。

ちょっと「うっ」ときました。
私のコンプレックスを受け継いでない。



それから穏やかな気持ちになりました。
引っかかっていた何かが流れて落ちてくようでした。

途中で気がついて努力してよかった。少しづつ、ですね。

  
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2017年05月03日

骨はなんて言うんだろう

伊勢神宮の後、偶然立ち寄った朝熊岳金剛證寺。

伊勢神宮の賑やかさに比べて、参拝客は数人だった。

たくさんの亡くなった方々の墓標の横でこんな碑がひっそりと佇んでいました。

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気になって検索したら詩の全文がでてきました。

五月のようにから引用

ーーーーーーー

竹内浩三


戦死やあはれ
兵隊の死ぬるやあはれ
とほい他国で
ひょんと死ぬるや

だまって 
だれもいないところで
ひょんと死ぬるや

ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや

国のため
大君のため
死んでしまうや

その心や
苔いぢらしや
あはれや兵隊の死ぬるや
こらへきれないさびしさや

なかず
咆えず
ひたすら
銃を持つ

白い箱にて
故国をながめる
音もなく
なにもない

帰っては
きましたけれど
故国の人のよそよそしさや

自分の事務や
女のみだしなみが大切で
骨を愛する人もなし

骨は骨として
勲章をもらひ
高く崇められ
ほまれは高し
なれど 
骨は骨 


骨はききたかった
絶大な愛情のひびきを
ききたかった

それはなかった

がらがら
どんどん
事務と常識が流れていた
骨は骨として崇められた


骨は 
チンチン音を立てて
粉になった

ああ 
戦死やあはれ
故国の風は
骨を吹きとばした

故国は発展にいそがしかった

女は化粧にいそがしかった

なんにもないところで

骨は 
なんにもなしになった

ーーーーーーー


これを書いた竹内さんはフィリピンで戦死されたそうです。

戦争はじまる前は日大芸術学部映画科の学生だったようです。文芸雑誌の編集者でもあり。

陽気で仕送りのお金は、あれば珈琲か映画、レコード、古本にぜんぶ使ってしまう。
借金もするし、お金も友達に貸しちゃう、陽気でちょっと芸術肌の青年だったみたい。

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彼は一番左の人。

戦争がはじまり、新宿で飲んで、別れた友人達も戦死したようです。
その時の詩も自分死を見つめた詩も思わず涙が出る



どうして230万人の日本人が死ななくちゃいけなかったんだろう。

その時代の正義があった。

どうして日本人が罪のない人達を殺さなくちゃいけなかったんだろう?
それが戦争だから。
そしてその時代のその国の正義があったから。

たぶんそうなのだろう。

でも、ひとり、ひとりは、どんなに苦しんだか。その犠牲を超えるほどの正義はなんだったんだろう。

他に道はなかったのか。
もう少し全員が冷静になれなかったのか。

落ちついて、は弱気に聞こえるけれど。
威勢の良い強さはかっこよくみえるけれど

でも、歴史をみれば、世界中どこでも、犠牲になるのはふつうの弱い人たちで。


「おちついて」と骨が言ってる気がしました。  
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2016年11月28日

仕事で一番価値があると思ってるところ

ずっと、働いている。

どんな辛い時もやめる気がしない。
色々あるけど、「あぁ、仕事してて良かったなぁ」としみじみ思う瞬間があるから。

仕事は、なんだか学生の時の文化祭に似ている気がする。
時間内に最高のものを作り上げるために人と協力して努力して頑張るところ。そこで、うまくいかないことや、失敗を乗り越えて、友人ができる。

人は大人になると、新しい友人関係がを作る機会が極端に少なくなる気がする。私の性格が内向的だからかもしれないけど。特に、自分と違う、タイプの人と友人になることは何かの作業がなければ、なかなか叶わないなぁ、と思っている。


でも、仕事だと、意見を戦わせたり、うまくいかなかったり。何かしらの困難な壁が現れるので、相手とコミュニケーションをとらざるをえないし、そこで素顔が見えかくれしやすい。

先日、自分とは、気があわない印象と思った人と(色々あり)仕事をすることになった。(笑)

お互い知らない同士なので、探りながら話をする。

かなり時間が経ってから、ある時に、ふと私たちは、好きな本が同じだということがわかった。

オノヨーコのグレープフルーツ・ジュース。

グレープフルーツ・ジュース [ オノ・ヨーコ ]
グレープフルーツ・ジュース [ オノ・ヨーコ ]



すごく驚いた。

それは、私の中で、彼がこういう本を好きであるという印象がなかったからなのだけれども。
人はやはり時間をかけないと、奥底にあるものは、わからない。

「よ〜こさん、燃やした?」

「え?」

「この本を燃やしなさい、読み終えたら、って最後に書いてあるでしょ?」

「燃やしてないよ」

「ダメだよ。燃やさなきゃ」


それから、なんだか、打ち解けた。

グレープフルーツ・ジュース理解できるなら、ここまで話してもよいだろう。とお互いわかったのだと思う。深い話も、するようになった。プロジェクトもうまく進んでる。

友人になってないだろう、と思う人と、信頼関係ができた時は、ことさら幸せだと思う。それはつまりは、自分が決めていた枠を広げてもらったわけだから、ありがたいと思う。


今まで、働いていて、こういうことが何度もあった。その度に尊重しあえる人が増える。


仕事に求めているものは、肩書きでも、キラキラした賞や賞賛とか残る成果物でもなくて。例えば、昔プロジェクトした人と、あの時、めちゃくちゃだったよね〜、と言いながら、そうだそうだ、と笑いあえる時間とかが、何よりの働く醍醐味だと思ってる。

一番楽しいのがそこだと決めているから、問題が起きても、壁があっても大丈夫。


そんな、履歴書にも残らないことを、一番大事にしてる。

yes


  
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