2007年01月31日

やっぱり引越は忙しい

まぁ、引越なんてそんなもんなの、、、、とは思うけど、やっぱりあわただしくて忙しいです。そんな中でも、仕事の締め切りが迫り、私にGOサインをもらう為の電話がガンガンかかってくる。本当に忙しいことは重なるのね。

メールも返事もなかなか書けてないです。ごめんなさい。

あさってには、予約してもらったセルリアンタワーホテルに無事到着してるんかなー。

その前にやらないといけないことを考えると。。。長い一日になりそうです。  

Posted by tentenwang at 04:51Comments(5)TrackBack(0)

2007年01月28日

送別会をしてもらって

日本からアメリカに移動中に、送別会をしてくれるというメールが届きました。


いやー、なんかおこがましいなぁと思ったけど、これも結婚式とか法事みたいなもんかなー(笑)(それで新しい出会いや横の繋がりができるから)と思ってしてもらうことにしました。


それが昨日。北京に帰国したばかりの時差ぼけ気味のままレストランへ。

今回の幹事をして下さった3人が超個性的。

産経新聞中国総局記者の福島香織さま 彼女のブログとにかくすごいので中国に興味のある人は必ず覗いてみて下さい。

オグリビーの舞ちゃん 某大手化粧品会社のブランド戦略担当で活躍中。NYから北京に来たという私と同じルートのヒト。

XIAOMIちゃん。元アナウンサー。今は中国人向けに日本語やマナーを教えるコンサルタント。

選んでくれた場所もさすが。隠れ家的なスペイン料理レストランでした。まったり落ち着いて話ができましたし美味しかったです。

その上みんなおしゃれして来てくれたのでまるでNYとか上海のパーティみたいだった!!(北京ケナシすぎか。あはは)

来て下さったメンバも、どの人もそれぞれすごく個性的で、素敵な人達ばかり。私はこういう人たちと知り合えただけで北京に来たかいがあったと思いました。

みんながよーこさんが大好きだーとそれぞれ言ってくれたので昨夜は、たぶん私の人生のピークの日だったんじゃないかと思ってます。ほんと。ウレシかったです。言葉では表せないくらい。なんてお礼を言えばいいのか。
本当にどうもありがとうございます。

で、ひとつ。常々私は男の人にもてるのだと堂々と言っていたわけですが、この会集まってくれたの、圧倒的に女性が多かったです。 むむっ。。。(笑)

  
Posted by tentenwang at 19:14Comments(13)TrackBack(3)

2007年01月24日

ボストンの寒い一日

ボストンという街を私は殆ど知らない。

3,4回来た事があるが、いつも数日の滞在でミーティングに入っていたので何がどこにあるのか検討がつかない。とりあえず適当に運転してまわってみる。中国では運転しなかったので、運転するのは久しぶり。でも全然問題ないみたい。

今日はひとり。色々と考えている。今日は夕方までフリー。

新しいブランドのインスピレーションになりそうな街並みをまわってみたり。途中でカフェに入って、ずっと読みたかった本を読んだり、ハーバード大学の前を通り抜けたり。普段着になりそうな気持ちのよいシャツを買ったり、した。

階層の深い駐車場に車を停めてしまい、出口がわからなくなって近くにいた男の人に人に道を聞いたら、ちょっと戸惑われて『どこに行くの?』と聞き返された。

『別に決めてない』

と答えて、それも変だな。と思い『観光客ですから』と付け加えたら、それがなぜか妙に嘘っぽく響いて、その知らない人と二人で笑ってしまった。

私の態度や話し方からとても観光客には見えなかったようだ。

ふと自分はたぶん半分はもうアメリカ人なんだな、と思った。(ちょっと複雑)

そのうち粉雪が降ってきた。車のガラス窓に落ちる前に消える。

雪を見ていたら急にせつなくなってきた。

朝見たあるメールを思い出して、心が痛くなって歩けなくなった。じっとしていると吐く息が白くなる。オトナだからもう泣かないぞ、と思う。

生きていると辛いコトも増えていくのね。




  
Posted by tentenwang at 16:38Comments(6)TrackBack(0)

2007年01月21日

ニューヨークで

ニューヨークに着いた。

JFK空港に着いたとたん、あぁ、家に帰ってきたという安心感が自分の中からこぼれ出た。アメリカはもう飽きた、とあんなに思っていたのに、ここが自分の家という気持ちになっているのが不思議。

それは慣れからくるものなのか。空気なのか。なんなんだろう。

とりあえず、レンタカーを借りて北へ。ホテルも決めていない。明日ボストンに着いてミーティングに出ることができさえすればいい。

まずは、グリニッジのフレンチレストランでランチ。
オシャレだけど、かなりまずい。(笑)

偶然、隣の席にいた素敵な老夫婦が注文を迷っていたので、これはマズイから注文しない方がいいよ、などなど会話が弾む。知らない人とでも気軽に会話ができるのがアメリカらしいところだと思う。

それから、とりあえず、郊外のヒルトンホテルにチェックインする。米国の郊外のホテルには大抵、洗濯が自分でできるコインランドリーがついている。日本のホテルで出来なかった洗濯をして、テレビをつけると、ヒラリークリントンの大統領出馬の正式コメント。

へぇ、っと思った。

1年前にも候補とは言われていたけれど、誰もがヒラリーでは絶対無理、女性では時期が早すぎると言っていた。

そういえば、ヒラリーで印象的に覚えていること。

私がまだシカゴにいた頃、だからもうたぶん8、9年前?もっと前かな。

その頃彼女は大統領夫人。そして保険改革に乗り出していた。ファーストレディというのはホワイトハウスでクッキーでも焼いておもてなしをするのが仕事であるのに政治にまるで政治家のように口出しをする彼女に世間が苛立っていた時だった。
(当時これを聞いてアメリカ人も結構コンサバなのね、と思った。)

シカゴの野球場に参観に来た彼女に、そこの観客ほぼ全員が彼女に対してブーイングをしたのだ。

シカゴは彼女の地元。今日はファーストレディがお見えです、というアナウンスに対して何千人という人たちからのブーイング。

それでも、逃げずにそこに立って最後まで観戦した彼女のことがとても強く印象に残っている。

私は、人から嫌われたくないといつも思う。自分だったらいたたまれないと思う。彼女だって保険改革(良いか悪いかという議論は別として)にしても国民の為に一生懸命考え働いていたのだ。

そして、非難やスキャンダルをあびながらも、彼女は政治家であるという道を突き進んだ。

時間がたち今日の街頭インタビューでは皆が彼女に期待している、と言っている。

自分の信じることを続けることの強さ。

そんな強さ、私にはない。批判されたら、絶対へこんでしまう。

だから彼女が、かっこいい、と思う


時間がたてば状況が変わることもある。『今』がすべてじゃないのだ。だから『今』の状況だけで色んなことを判断してはいけない、と思う。自分では今どうしようもないことがあればじっ、としていればいい。そんなことを教えらえたようなニュースだった。


さて、明日は冷え込まないといいな。車でボストンへ移動するの。友人のケリーが待っていて、夕食はあったかい美味しいクラムチャウダーとか食べよーねーという予定。




  
Posted by tentenwang at 21:21Comments(5)TrackBack(0)

2007年01月20日

怖いぞ。その幼稚園

東京で、娘の幼稚園を探した。

実は娘はアメリカ人でもある。日本国籍もある。でも現時点の娘の第一言語は中国語なんである。

だから幼稚園選ぶの相当悩む。しかし、この環境で育った娘に日本の普通の幼稚園じゃ無理かもなぁ。。。。。

横浜の中華幼稚園はどうかな?と思って問い合わせたら、今3歳は、27人待ち。(そこは英語と中国語を教えるので、日本人に人気あるのだそうだ。。)


じゃ、とりあえず、インターナショナル見てみようかと色々まわる。

一番アメリカの幼稚園らしいと言われる六本木のアメリカンスクールに見学に行ってみる。

ここは、広くて、門をくぐると、本当にアメリカですよ、と言われる。その幼稚園は、アメリカ領事館の人たちが住む敷地の中にある。


しかし、そのくぐるとアメリカと言われる門が中々開かない。

予約の確認をとり、身分証明書を見せても、まだ開かない。

警備員二人が、運転手にボンネットを開けさせる。爆弾がないか車の下までチェック。

そして約8分後、やっとその門があいた。。。


このアメリカコンパウンド敷地内の中にある幼稚園、私絶対イヤですから。(苦笑)
私は敷地内の幼稚園に着く前に言った。

確かに敷地は広いし、素晴らしい幼稚園みたいだけど。

This is the safest place in Japan. (これだけ警備があるから)日本で一番安全ですよ、と園長先生がおっしゃる。


私は心の中でつぶやいた。

いや、ここ日本で一番危ないってば。。。(−−;

ブッシュ大統領が変わるまでは、アメリカ領事館とか近くに行くのはいくら日本でもやめた方がいいと思う。

まぁ、とりあえずは、施設の見栄えは随分悪いけど、先生がやさしそうな代々木インターナショナルスクールにアプリケーションを出す。でもここ3時には終わるのよね。。。

娘の中国語キープの為に、3時以降は、中国人のベビーシッター雇わなくちゃ。でも高いし中国みたいに掃除とか料理とかしてくれないよね。。。

そう考えると小さい子を育てるには中国が一番楽だと思う。保母さん安いし、幼稚園最高だし。レストランとかでも皆子供に優しいし。


明日から久々、ニューヨーク、ボストン、ニュージャージ。それから北京に帰ります。











  
Posted by tentenwang at 01:51Comments(9)TrackBack(0)

2007年01月16日

ショーコスギさんとランチ

今日はショー コスギさんと懐石ランチさせて頂くという幸運。

場所はコンラッドホテル。


(私はホテルのコンサルもしているので、ついプロの目として観察してしまうのですが、東京のホテルの中では夜のコンラッドホテルが一番好き。NYのオリエンタルホテルみたいに、ロビーが高層階にあって、明かりがかなり暗くて。東京では夜なら一番セクシーなホテルだと思う)



今日のランチは、同ホテルの和食の懐石。昼間もなかなか、部屋からの眺め最高です。

さて、ショー コスギさんの話。

今回は、彼の今度の映画の構想内容から、彼の生き方、ダイエットまで、なんか、ほぼ聞きたいことは全部、聞いてしまいました。私は右隣に座らせて頂いたのですが、ショーさんは、背筋がぴっ、とはっていて、やはりスゴク素敵でしたよー。

今日、彼の話を伺って一番印象に残ったこと。

それは、彼が決して夢をあきらめず続けていること。でしょうか。

彼はスターになる前に8年もエキストラの役をやっていたそうです。その時は、惨めになり、何度もやめたくなったそうです。就職すれば給料の高い仕事もあったそうです。なのにアルバイトを何個も掛け持ちして。。。

彼はスターになることをあきらめなかった。

日本人がアメリカで差別されなくなってきたのは最近の話。あの時代にアジア人として主役をやるなんて。私はアメリカに長くいたので、彼の苦労がわかります。
すごい人だ、と思いました。

今までにない道を切り崩していくことって本当に難しいことです。

私、夢の形って、あきらめても、変わっても、挫折しても、いいと思うのね。
でも、夢を持つことは、絶対あきらめたらダメだと思う。

自分の夢に向かって進むことに対して躊躇しないこと。誰に何と言われてもトライすることをあきらめないこと。

ショーさんも言ってましたが、そのエキストラ時代の8年にいろんな事を勉強したそうです。裏方の動き。プロダクションの動き。映画界の動き。決してぼーっ、としていたわけではない、と。

夢を実現させていくパワー。それは自分自身の中にある。それをそのまま体現している方にお会いできて、本当に刺激的でした。

ハリウッドの内緒の話もあったりして、あっ、という間の3時間、すごいパワーランチなのでした。



  
Posted by tentenwang at 23:33Comments(4)TrackBack(0)

なんとBoyz II Menの楽屋へ

数日前に香港の友人が、『よーこさん日本ですか?じゃ、月曜にBoyz II Men のコンサート行来ませんか』というメール

でもBoyz II Menって人気あるでしょう? そんなの今から席とれるのかなー。
と思ってたら、席、すごくいいの。


それだけじゃなく、コンサート終わったらね。そのまま、楽屋へ連れて行ってもらった!!!!!。ホントにビックリした。

そこで彼らと話して、CDもらって写真も一緒にとってもらったの。



boyz













スゴイーーーーでしょ?。さっきまでコンサート会場にいて歌歌ってた人と興奮さめやらぬ前に話できるなんて。ありえないよねー。


しかし誘ってくれた友人。本当にVIPなのね。カッコよすぎるぞ。

実は、彼からのメールに、会場でTM Networkの人と会う予定です。というメールがきてたの。それを読んだ私は、それは、トレードマーク協会の人か?と思った。。。

まだまだ相当日本への復帰に時間がかかりそうです(笑)





  
Posted by tentenwang at 01:11Comments(4)TrackBack(0)

2007年01月13日

消しゴム

今池袋サンシャインビルの40階にいる。

コンサルをしている会社の眺めが一番良くて一番広い会議室を占領。ここ社長室よりいいの。富士山も見えて気分がいい。

朝、スーツケースの中に、娘の消しゴムをみつけた。自分もお仕事をするから、連れて行って欲しいと一生懸命に言ってた姿が目に浮かんだ。

3歳でまだ、ちゃんと絵がうまくかけないから、彼女にとっては、消しゴムで何かを消すのがお仕事なのだ。

スーツケースにこっそり消しゴムを入れた彼女の気持ちを思って、心がチクチク痛む。

さぁ、さっさと仕事しよ。仕事。

さて、私が今コンサルをしている会社の本社には70名くらいの人がいるのだけれど、夜9時になっても半分以上の人が平気で残っている!!隣の会社も同じフロアーの会社は9時になっても、ほぼ開いている。

日本ってすごいなぁ。。。。。

昨日は朝からマーケチームのディレクション。今、某有名デパートの地下に3月OPENする新ブランドをつくっているのだ。

私は外部コンサルでありながらこのブランドの方向性戦略をほぼ任かされている。

設計建築、パース画、商品構成、リサーチ、制服、施工指示、パッケージ、POPとにかく決めないといけないことが山盛り。

終わったのが夜中11時半。夜中に近いというのにマーケのチーム全員が残ってくれた。皆、それぞれ私とのコラボを楽しんでくれている様子が見えて嬉しかった。

私はマイクロマネージはしないし、できない。おおざっぱな性格だし。(苦笑)
私の仕事のやり方は、各人の得意そうな場所を見つけ、ディレクションをした後は、なるべく任せる。

方向性が違い始める時だけ口出しするけれど、できるだけ、任せる。その方がやる気もでるから。人はアシスタントも含め、それぞれ任された仕事の主役であるべき、というのが私の信念。

あとは、どんなに業者が締め切りを守らなくても、どんなに忙しくても、どんなに誰かに誤解されても、どんなに落ち込みそうになっても、『ハッピーに仕事をすること』を全員に徹底させる。

それがディレクター、責任者としての私の一番大きな仕事であると思っている。そんなことコンサル内容に記載されてないけど。(笑)

ポジティブで仕事をすること。全員が最後まで笑顔でやれれば、プロジェクトは成功したようなもの、なのだ。

ちょっとの失敗なんか大丈夫。やってみよう、と皆に言い続ける。怖がらずにやってみよう。

ちょうど消しゴムもあることだし。









  
Posted by tentenwang at 17:11Comments(5)TrackBack(0)

2007年01月09日

愛される理由

自分で言うのもなんだけど、私はかなり男運がいい方だと思う。
旦那は宝くじがあたったような優しい人だし。今までの恋人も皆すごく素敵な人だった。

男友達はそれぞれ皆、とても魅力的でみんな私をまるで自分の大切な人のように大事に扱ってくれる。

私のこの男運は、理由があると分析している。自力じゃないっしょ。

それは。。。。

『私には祖母の守護霊がついている』からじゃないか、と。。(大笑)


実は、ちょっとシリアスな話。

私の祖母は自殺したのね。

おじいさんに愛人がいたから、といううわさ。
でも昔の話だから、お金のある人は一人くらい愛人がいても、そんなに驚くほどのことでもなかったらしい。

祖母は父が高校生の時に亡くなったので私は直接知らない昔の話しだし、親族の中ではあまり話されたことがないので本当の理由はわからないけど。

そんな会った事もない祖母を、私は時々想像して、可哀想だったね、辛かっただろうね、と思ったりするのね。だってかわいそうでしょ。子供もいて昔は女性が働くとか離婚するとかという自由もチャンスも少なかっただろうし。

ある時、親戚の伯父に、その亡くなった祖母に私はそっくりだと言われたの。

そんなわけで、いつのまにか、私の男運が良いのは、この祖母が私を守ってくれているからなのじゃないかなぁ、と思うようになってきた。(変な宗教とか、カルトとかじゃなくてよ(笑))

祖母が自分と同じように男の人で辛い思いをしないようにと思って、だから私は男の人を見る目があるのではないかな、と。

だって本当に私のまわり『いい男の人』が多いんだもん。それも芽が出る前から、いい男なのかダメ男なのか、かなりの確率でわかる。
だから、私はカッコいい素敵ないい男の人をいつもはべらしているといううわさまである。

それ、自力じゃないでしょ。(苦笑)



そういうわけで、最近は独身の女友達に祖母の『守護霊』の貸し出しをしている。
↑上の話をして、じゃ貸してあげる、と言って、肩からひょい、とはずすまねをするといつも大爆笑される。

うれしーーっ、って。


今も貸し出してるんだけどね。

でもあんまり長いこともっていかないで欲しいわ。ちゃんと返してもらわなくちゃ。





  
Posted by tentenwang at 01:20Comments(9)TrackBack(0)

2007年01月08日

壊れないラップトップを探しています

またコンピュタが壊れてしまった......。

今騙しだまし、いい子でいてね、と使っている。潰れるのもう時間の問題だ。
取り扱いが荒すぎる、という指摘が......。まぁ、たぶん、そうかも。苦笑

取り扱い荒くても壊れないおススメのラップトップPCありますかね?  
Posted by tentenwang at 05:31Comments(4)TrackBack(0)

2007年01月03日

24歳年下のお嫁さんが

あけましておめでとうございます。

正月そうそうに我家ではおめでたい出来事が。。。

10年くらい前に離婚してそれからずっと一人身だった叔父が婚約者を連れて挨拶にやってきたのです。

そ、そ、その相手が若いんですよー。

33歳。

私より若いじゃん。叔父さんっーーー!!!

うちの叔父は、57歳。

その年の差、なんと24歳!!!

若いとは、風のうわさで聞いていたが、さすがに坂之上家皆何を聞けば良いのかさえもわからず、ただお酒を飲み続けるという状態に。(笑)


まず、私の父がつぶれて寝始めて、次に旦那がつぶれて倒れ、妹もとうとう倒れ、最後に叔父も酔っ払って寝転がって寝てしまいました。

しらふなのは、私と彼女だけ。


『あの、ご両親反対されなかった?』

私は恐る恐る聞きました。

『父はもう、亡くなっているのです。実は母と父も20くらい年が離れていたので反対はありませんでした』



ふーーーーーーむ。





世間では、叔父も会社の社長だし、年がそんなに違うと財産狙いじゃないかとか思われるかもしれないです。

でもね。でもね。57歳だよ。20年くらい平気で生きるよ。この叔父さん。

20年つきあったら、彼女も53歳じゃん。


叔父さんを幸せにしてくれるなら、財産なんか全額献上してくださいっ!!!
あげるあげる、差し上げますっ、て思ったね。私は。

その上感じが良いのよ。この人。すごく素敵な人なわけ。

隣で、ぎぐーぐーいびきをかいている情けないただの酔っ払いのオジサンに私は横目を、向けながら、

『本当に本当に本当にいーんですか?
あの、もう少し若いお相手も簡単にできる方じゃないかと思うんですが。。。』

そういうと


『大丈夫です』

ときっぱりいいきった彼女。

ぎぐーぐーいびきをかいている叔父に向けるまなざしに愛が!

すごすぎる。

なんか、愛を感じたぞ。それも本物の。


ほんとうに愛が一番です。愛は勝つ!ってことですね。

2007年、独身の皆さん、恋愛しましょう。恋をしなくちゃ。
何でもあり、です、よ。何でも!

あぁ、良い年になりそうな予感。








  
Posted by tentenwang at 21:17Comments(13)TrackBack(0)