2007年09月29日

胃カメラだって。

今日、健康診断を受けたら、胃に2CMくらいの影。
再検査。胃カメラを飲まないといけないらしいん。
癌でありませんように。。。  

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2007年09月27日

私が心打たれた人 2

プラ子ちゃんに、写真送ってよ。

ブログを作りたいと思った時に、私に彼女に気軽に聞いたのです。
そうしたら、こんなメールがかえってきました。

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【抜粋】
残念なことに、施設内での写真撮影は禁止されています。
施設内での写真はないのですが、地方の施設では少しだけならっといって
許可をもらえたところがあり少しだけとりました。

ですが、エチオピアのボーダーからナイロビまでの道、盗賊がでるので有名で、身包みすべてはがされることが月2回のペースであり【省略】 

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身包みすべてはがされることが月2回のペースであり、って............。そんなところにいるの? 私はあまりのことに絶句しました。カメラも気軽に持てないんだ。

それから私は彼女の身上が心配で心配でたまらなくなりました。メールが届かないと本当に大丈夫なのか。どうしているのか。いてもたってもいられない気分になるようになりました。

一緒にブログを構築したふじもと君も、段々同じような気持ちになってきたようでした。


今回上海にいるふじもと君とスカイプしながら、そして、アフリカにいるプラ子ちゃんとメールしながら、ブログをつくりました。

実はふじもと君と私は、プラ子ちゃんに会ったこと、一度もないのです。

でも彼女のことが、本当にとても大事な存在になってきたの。


彼女の悩み、喜び、悲しみ、苛立ち、愛、一言一言が胸を突き刺すのです。

彼女のブログ、一人でも多くの人に読んでもらえたら、と思います。

プラ子 旅する。---ただいまアフリカでボランティア中
http://purako.jugem.jp/?cid=2



そして、もしも、賛同いただけたら、皆さんのブログでも彼女のブログのこと紹介して下さいませんか? トラックバックや、コメントでも嬉しいです。



そうすれば、検索エンジンで認知されて、もっと沢山の人の目にふれることになります。

遠い国の子供たちの気持ちとか、プラ子ちゃんの気持ちを、自分たちのことのように思いやれるような人が増えれば、きっと何かが変わっていく。



きっと何かが変わる。



わたし、本当にそう、信じているんです。







  
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2007年09月26日

私が心打たれた人

昔紹介したことがあるので、覚えていてくれている人もいるかもしれません...
プラ子ちゃんという人に実は私は一度も会ったことがないのです。
彼女は私が朝日新聞Asahi.comに英語のコラムを連載していた頃からのファンだったそうです。そして、ある日私の書いたエッセイの本「犬も歩けば英語にあたる」を持って、旅に出かけた。。。と頂いたメールに書いてありました。


プラ子ちゃんは、もともと、渋谷の109の店員さん。目一杯おしゃれをする生活だった彼女。旅の途中から、HIVの施設でボランティアをはじめます。

そんなごく普通の日本人の彼女が感じたことを綴る日記。

ミクシィだけで書かれていたのですが、あまりにも心を打つ内容でしたので、それを私は沢山の人に読んでもらいたいと思いました。そしてふじもと君が賛同してくれてふたりでブログにあげました。
プラ子旅する。---ただいまアフリカでボランティア中

以下は、その一部です。

【ペットボトルのこと】

2007.04.27 Friday

エチオピアの施設をでてから、 自分が飲み終わった後のペットボトル、 捨てるとき少し心が痛みます。

施設では みんな水道の水を ペットボトルが支給されて その中にいれて使っています。

そのペットボトルも 使い古しのもので 10年前から使ってたんじゃないかって
いうぐらいぼろぼろの カビがたくさんの ペットボトルをみんな大切に使っています。
 
自分の持ち物は その支給されたペットボトルと 支給された靴だけの子が 多いです。
 
なるべくあんまりに恐ろしい ペットボトルの子は変えてあげるように 自分や他のボランティアの子が 飲み終わった空のペットボトルを集めていました。
 
アディスはどうだったか覚えていませんが、他の町にいくと ボロボロのペットボトルなのに たくさん売られています。
 
みんなそれを買って水を入れたり大切に使っています。
 
ビニール袋も一緒です。みんな、ご飯のときに具合が悪くて、 たべれなかったりすると ビニール袋にあけてとっておいて後で食べています。
 
日本のビニール袋みたく頑丈でいいやつではなくてすぐ破けてしまう感じの
ものですがみんな何回も何回も洗って大切にしています。
 
破けてもその部分を自分の髪の毛で上手にしばったりして使っています。
 
電車に乗っていたときも電車が壊れたり、途中の小さな駅で止まったりしたときに
電車の外にいるぼろぼろの服をきた はだしの子供たちが一生懸命
「コッポーコッポー」って叫んでいて
 
「コッポーって何?」って友達にきいてみると、

「空のペットボトル、みんな欲しがっているんだよ」 って教えてくれました。

 
エチオピアをもう出てしまったけどこのペットボトルがあれば、あの子、喜ぶだろうなぁ・・。とか思っています。

マラゥイは意外に停電します。 エチオピア並かもしれないです。
 
でも町は思ったよりきれいで、人も穏やかなかんじです。



【老人のような女の子】
2007.04.26 Thursday


上の階の病室に、ブルトカンとういう20歳の女の子がいました

窓のすぐしたのベットでいつ見てもぐったりしていました。


体は本当にやせ細って、とても小さく、頭髪は抜け落ちて肌はすべて干からびた状態のようになっていて、目はうつろで。つばを自分で飲み込むのも辛そうでした。

あんまりにひどい状態で。

こういう子の場合、本人もだいたいの自分の年齢わかっていますが、かろうじて
話してくれる小さな声のトーンで、この子がまだ若いんだってことが私もわかります。

とても小さなかわいい声で、

「チャラカーお砂糖たっぷりのあったかいチャイが欲しいの。」

ってがんばって声を出して教えてくれる子でした。

常にひどい下痢と、嘔吐をしていて自分で立ち上がる力がなく、カルテには、HIVポジティブの可能性があるため血液検査をさせるようにと指示がかいてありました。

いつもぐじゃぐじゃに下痢をしていて布かえて。って自分からは言わず、私がくるのをずっと待ってくれていました。
私が、「排泄したあと、すぐ呼んでくれれば布すぐ変えるからね。 気にせずいつでも呼んでね。」
っていつも伝えていたのですが、

「チャラカ たくさんお仕事あるもん。私大丈夫だよ。」

って答えがいつも返ってきて本当に優しい子で。


私だったらすぐ変えて欲しく我慢できずにいると思うのに・・。

ドクターを探して、ブルトカンがまだ血液検査を
うけにいっていないことを伝えました。

ドクターが、彼女はもうすごく弱っていて、みんなで持ち上げて手伝っても、もう車いすに乗っているだけの体力すらないんだよ。どうしようもないよ。と言いました。

こういう子を見るたびに、神様はどうして。。っていつも思ってしまいます。

この子がふとした拍子に私のおへそにあいている109のショップで店員をしていたときに強制的に開けさせられたヘソピアスをみつけて触るのが好きな子でした。

この子と同じ20歳の頃、私は何をしていたかなって思いました。

東京の短大って響きにあこがれて入った卒業さえできればいいやーって感じで短大にいって、また響きにあこがれて渋谷の109の人気のあったショップに就職して、週3回日サロ通いが社訓で、いかに黒くなるか、次の髪のエクステはどんなのにするかとか彼氏のこととか、遊びにいくことばっかり考えていて自分の日常のことだけで、

死と向き合ったり、貧しい国の人たちのこと真剣に考えることもそこまで多くなくて。

どうして神様はここまで違う人生を・・って思ってしまいます。

この子が何をしたっていうんだろう・・。

ブルトカンは、いつも私がグラブ(手袋)なしでブルトカンに触ろうとすると
どんなに苦しんで痛がっていても
「チャラカ、グラブ グラブ 」
って私への感染をすごく気にかけてくれて。

トルナシもそうでした。

トルナシも口のまわりの損傷もひどかったため言葉を出すときに痛みがあったのに、

でもいつも 「チャラカ グラブして。 チャラカにうつっちゃう。」 って言って。

グラブがなくなってしまって遠くの病棟にあるときでも私がグラブ持ってくるのまっていてくれていました。


他の患者さんも自分の損傷部分からでている臭いを気にして、

「チャラカマスクして、私、臭くてごめんね。。」って。

そんなときいつも、
「臭くないよー。私の頭のが臭いんだよーこんなに長いくせにしばらく洗ってないもん。」って冗談ぽくいったりしてました。

ブルトカンは、たくさん痛みに耐えてがんばっていましたが、数日後、静かに息をひきとりました。

亡くなった後のことは、やっぱりわかりませんが、天国があったとしても、来世があったとしてもいつもいつも思うことですが、

たくさんたくさん苦しんで、悲しい思いもたくさんした分、どうかこの子たちが、たくさん笑顔で幸せでありますようにって思うばかりです。

続きを読んでぜひ彼女にコメント入れてあげて下さい。今はネット環境の良くないところにいるようで、返事はできないかもしれませんが。

続きはまた明日。


  
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ふじもとくんとボランティアプロジェクト

上海のお昼ご飯というブログの店長のふじもとくんとあるプロジェクトをしている。

私の本を持って旅立った、という、プラプラ子ちゃんのボランティア活動を広めるためのブログ作成。
(この話は明日。きっとあなた、泣くよ。これみたら)

上海にいるふじもと君とスカイプしながら、作った。
その間に時々、アフリカからプラプラ子ちゃんからメールが届く。

皆とこんなに離れているのに、すごく近くにいる感じ。

ほんとうに不思議。

私はウェブ業界の会社の社長をしていたことがあるのだけれど、実務はできない。(←いばれないってば。苦笑)
だからふじもとくんの貢献度が非常に高いプロジェクトでした。

彼のグルメブログもすごいので、食べることが大好きな人は、必見です。






  
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2007年09月25日

週に1回もデートしないの?

娘はインターナショナルの幼稚園に通ってて、その学校の児童はなんと33カ国から来ているのね。

だから、非常にいろいろと。。。常識が違う。

この間聞いて、はっ、とさせられたのは、仲良しの夫婦同士で上海に遊びに行く予定の話。

そのママたちは、ふたりとも、3歳と1歳半ぐらいの二人の子供がいるんだけど。
お互いのベビーシッターと子供を一緒にして日本で面倒を見させて、夫婦だけで旅に出かけるのだそう。



目からうろこ。だった。


私も結構飛んでるけど、そういう計画は思いもつかなかった。

仕事でどうしても、ということで私も旦那も家を同時に開けることが1回あった。
それもかなり悩んだ。

そういえば、子供は親に預けて、二人でスコットランド旅行してきたというスイス人とブラジル人のカップルもいたなぁ。。。

旦那もよく私と二人で旅に出かけよう、と言うのだけれど、娘を預けて泊まりで遊びに行くというコンセプトが私にはなかなか持てない。

だって3歳なんだよー。3歳。


ヨーロッパ系の人と話すとその常識であるかのような話しぶりにあせってくる。
例えば、旅とまではいかないまでも。

あなたたちって、週に1回もデートしないの??

って、↑まじでびっくりされるわけよ。
私たちは、娘と3人で遊ぶほうが楽しいので。。
と言うと

夫婦の時間を持たないのはおかしい!と言われる。
少なくとも夜、お手伝いさんを呼んでおめかしして出かけるべきだ、って。

まぁ、うちの旦那は、今シンガポール。
帰ってからボストン、その後、北京。この間はロシアで、インドネシアって具合で、デートどころか会えてないのが現状なのですが。。。

なかなか、考えさせられますです。

私ってまだまだ日本人なんだよなーと、思った。はい。苦笑













  
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2007年09月20日

体がだるくて頭痛がして



でも、がんばらないと、と明るくしてます。
だんだん自分にうそをついているような気がしてきます。

そんな今日この頃。


眠れないんですよ。なぜか。。  
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2007年09月17日

義理の母が東京に来ています

義理の母が北京から来ているのです。
私たちがあんまり忙しいので手伝いに来てくれたの。
それで今日は巣鴨につれていってあげました。

ここはおばあちゃんの原宿と言われているらしいですね。

私たちから見るとんんん?( -д-)ノというセンスのものも沢山あるのだけど(笑)
なぜだか、あの世代の人には魅力的な商品が一杯ある町に映るらしいです。

こんなに沢山素敵な服があると義理の母の目はキラキラ。
服3枚と靴を買ってあげました。

義理の母はとっても苦労してきた人なのです。

『実は小さい子供の時に、日本兵に2回撃たれそうになったことがある』
と昨夜旦那も私も初めてそのことを聞かされて、絶句しました。

主人が日本に留学が決まって、言えずにいて、そのうちに日本人の奥さんまでもらっちゃうんだからそのことは、言えなくなってしまったのでしょうね。

義理の母の旦那さん(私の主人の父)は毛沢東の批判記事を書き、最初に弾劾され牢屋に入れられたのね。だから義理の母は、日本軍、共産党、文化革命、と歴史に翻弄され続けてきた。。

貧しくてご飯が満足に食べられない時期が、とても長かった人。

平和で豊かな時代の日本で大事に育てられた自分には想像すらできません。


巣鴨で会った人達の中には子供のころの戦争体験や飢えの経験がある人も多かったと思います。

戦争や飢えは私たちが思うほど過去のことではないのだと身にしみた一日でした。

今日は蒸し暑かったけど、巣鴨の商店街の人はとってもやさしくて、義理の母が中国語で話しかけても、わからないながら笑顔でとても良くしてくれて。
平和で幸せな日でした。

















  
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2007年09月12日

中国警察につかまりそうになる2

中国で捕まりそうになった事件の写真↓

赤い服の人が白タクのドライバーね。

けいさつ











沢山の人が集まってきた。斜めにとまっているジープが覆面警察ね。
けいさつ2  
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3千円で本物の銀行家になれる!

香港でBBCを聞き流していたところ、面白いサイトの紹介があった。

Kiva.org

簡単に言うと、

『途上国の小さなビジネス』に『先進国の個人が融資』できるサイト。

KIVAではお金を借りたい途上国の人達の写真やローンしてもらいたい金額、借りたお金でどんなビジネスをしたいかが書かれている。
家族の情報まであり、その人の歩んだ人生のストーリーを読める。

それを見ながら、どの人にお金を貸すか決めることができる。



貸与額は25ドルから(日本円で約3千円)


すごくないですか?このシステム

高い利子、まずは、銀行はこういう小さな貧しい人たちのビジネスに貸さないじゃない?

それを飛ばした仕組みなのね。

借り手がビジネスの近況を報告しているの。自分で例えば貸した3千円がどうなっているのかが読めるのね。

ふむ。。。。すごいです。

3千円で遠くの途上国のビジネスを直接応援できる。そしてどうなったか、世界中から同じ人に投資した人達と一緒に見つめていくことができる。

感動モノじゃないですか。自分のコーヒーマネーで、一人の人、家族の人生変えられるかもしれない。

それでちょっと調べてみたのだけれど、ここ滞納率10パーセント。返済率はなんと100パーセント近くをキープしているらしいのです。

それもなんだかすごい。。

私は以前、エクアドルの男の子を10歳から、10年間20歳になるまで支援したことがあります。時々彼から写真と手紙が届きました。

支援した人の顔が見える。そういうシステムに近いですね。

これは、ただ、無条件にお金を出しているのではなく貸与という考え方が進化していると思う。世の中の落差をうまく利用し、また本当にインターネットの良さを生かしたシステム。

英語の勉強したい人はここを読んでいくと面白いと思います。
英語だけじゃなくて世界中が、人生が、いろんな角度で見えてくる。

社会的に意義のあることを考えていきたいと思っている私なんかには、特別に構えずに気軽にこういうことができる機会が嬉しい。

なんとなくBGMとして聞いていただけのイギリスのニュースからもらった情報。素敵なサイトとの出会いに感謝。








  
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2007年09月11日

愛が足りない

悲しくなった。

週末、香港から帰ったわたし。近所の駅までついて電話した。


旦那が昼寝してたとかで、あ。ついたん?

それっきり。


迎えに来ない。

それで、涙でそうになった。

なんで迎えにこないのじゃ。
歩いて7分先じゃないか。荷物が多いかもしれないじゃんか。

友人に言ったら、そんなん、日本人の旦那だと迎えに来ない人も多いと思う。
と言う。


そーいえば、旦那は日本に来て、着々と日本人化してる。。。気もする。


でも、考えてみてよ。

もし大事な人が海外から帰ってきたら、飛んで迎えに来る。いや来たい、と思うのが普通じゃないか???日本人でも外国人でも。疲れても。昼寝してても。

私たちにとって、海外も田舎に行くのもあんまし変わらないのはわかる。
二人ともあんまりに海外に出るの多すぎる。
だからって。。。

電話したら、喜んで飛んで来る。それが夫婦の正しい形じゃないだろうか。


なんだか自分が大事じゃない存在になった気がする。
落ち込んだ。

(T_T)



  
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2007年09月08日

イタリアから電話

香港に出張の間に、イタリアにいる親友のマリアから連絡あり。
何度も日本の携帯に電話してるのに繋がらないって。苦笑

そりゃ彼女が電話してくれたころ、私は中国の警察に追いかけられてたわけですし。。。(−д−;)

彼女は私よりも年上のイタリア系アメリカ人で、デザインが好きで好きで、でもデザイナーにはなれなかった人。
今国連で働いている。

シカゴで知り合いになった。
私がシカゴで学生時代に、彼女はデザイン事務所に勤めていて、私の才能を最初に見出して信じてくれた人。

就職難時代、私は、外国人であり、言葉がネイティブでないことで米国のデザイン会社に落ちまくったのね。。。見事に全部。

最初の仕事が決まらずわたしなんかもう駄目だと腐っていた。

そんな時にマリアは私の履歴書を何度も何度も書き直してくれた。

結局4ヶ月くらいかかって、やっとの思いで最初の仕事が決まったの。
それでも全米トップ100に入るデザイン事務所で。

その時にマリアがどんなに喜んでくれたか。

私が今、ブランディングの仕事、総合ディレクターの仕事ができているのも、あの時に彼女と旦那が一生懸命私には才能があるんだからと何度も何度も励ましてくれたからだと思う。

才能、なかったかも。
 
昔のポートフォリオ見て思う。笑

なんだ、この幼稚さは、って。


でも無理してがんばって、あんな会社に就職できて、そこから、トップレベルで働くという経験が、今の自分をつくっている。

経験って大きい。

経験が人をつくる、と思う。

もし、あなたの友人が落ち込んでいたら、その人のほんの少しでもできる部分を探して真剣にほめてあげて下さい。(うそはだめよ。本当に良いところを見つけてあげて)
そうしたら、もしかしたら、その人の人生、変わるかもしれない。

マリアからのメールでそんなことふと思い出したりした。。。。そういう励まし系の友人がいて本当にありがたかった。




PS
どうでもいいけど、私あてのメール最近届いてないことが多いみたいです。
私から返事ないときは、再送お願い。件名をなるべく個人メールのようにして!

  
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2007年09月07日

中国で警察に捕まる?わたし

どうしても書かないといけないだろう。夜中1時だけれど。。
今日私はマカオから、中国に向った。

プロジェクトのマテリアルを探しにいくため。

バスに乗って、どのくらいかかるの?と聞いたら

4時間と言われる。

2時間くらいだろうとたかをくくってた私。。。


のけぞった。

一緒に来てくれていたマカオ人の林氏に、『白タクでいくー』と言い張った私。
だって、バス、トイレもないしー、白タクなんてあんまし乗らないけど顔をみて乗れば大丈夫だよ、と。。。(←中国暦15年だし)


往復8時間、、、ありえないもん。



値切って、往復500元。。安いじゃん。。( -д-)ノ


と、思った。。。。その時は。

2時間ほど乗ったところで、車が高速ですごいスピードになった。
それも普通じゃない速さ。

うとうとしていた私もさすがに起きる。

その瞬間、車はまた、ものすごい勢いに走り出し、曲がり、キキーと音をたて高速道路でF1レースのよう。
ほぼ、映画の世界。


死ぬかも、と思った。


隣の林氏と私が重なるほど、二人は車の片隅に突き飛ばされている。


運転手は突然止まった。そして車から駆け出し、磁石かなにかでついていたようなナンバープレートを勢い欲よくはずし、池の中に入っていった。


????????????まだなんにも理解していない私。


警察が追いかけて急ブレーキ。

その時点で私は始めて警察に追われていたのだと気がつく。

警官3人が運転手を池から引きずり出す。


人だかり。


一緒にいた林氏は警察にマカオのIDを取り上げられる。


なぜか警察は北京語使うのね。

だから大体のことはわかる。


よーするに、この運転手は軍の車のプレートを盗んで自分の車につけて、高速道路代を浮かしていたらしい。話の筋でいくと軍のプレートだと高速道路はただなんだろう。
池に捨てたプレートは、証拠隠滅ね。


警察はすごい勢いで怒鳴っている。時々運転手の肩を殴っている。

人だかり増える。。


おめえらにも関係あるんだよ。
関係ないから、行かせてくれと頼む林氏にも怒鳴る警官たち。

この時点で私怒鳴りまくる警官に話をする。それも笑顔で。(^∀^)
写真なんかもこっそり撮る。これが捕まったら証拠になるかもしれないしさぁ。
なにより、面白いネタだ。

私はこのよーな緊張する究極の状況(自分たちも捕まるかもしれない)になると俄然楽しくてしかたがなくなるのだ。

非常事態に強い、というか、こういう時に突然、ポジティブなドーパミン??か何かが脳からでるみたいなんだなぁ。。

林氏も後で、あの状況で平然といれる日本人はあんまりいないかもしれない、と褒めて?(呆れて?)下さり。



しかし何より、白タクシーで行こうとそそのかした私悪い。反省。
安くあがると思ったんだよなぁ。

わたし中国に慣れすぎです。。。

捕まった運転手もかわいそうに思えたもん。

警官も運転手が同郷だとわかりから許してあげることにしたみたいだった。。そこらへんも中国らしい。


よい子の皆さんは、白タク使うのやめましょうね。ってあたりまえだけど。

とりあえず、マテリアル街に到着。仕事を済ませてその後、マカオに無事戻れましたー。



























  
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2007年09月01日

Wホテルのレストランのデザインボード

私は今ハワイにあるシェラトン系の W Hotel 内にあるレストランのコンセプトデザインを手がけている。

Wは日本にはまだないのだけれど、全米NYではコンテンポラリーで一番オシャレなホテルとして有名。


今日とうとうデザインボードが出来上がった。これは、ハワイの支配人からNYのWデザインチームの審査を受けるためのもの。

デザイン1









デザイン2










私は、現時点では、どこの事務所にも属していないし、自分の会社を持っているわけでもない。

(それなのにこんな大きなプロジェクトを全面的に任せて頂いているの、って考えてみれば有難いことです)

でもー、自宅の床がこんなことになる。。。笑
デザインはじめ







デザイナーのエリさんが2日徹夜で手伝ってくださり。。。
出来た後二人とも、脱力。

自宅の床でやろうともNYの5thアベニューの高級なオシャレな事務所でやろうとも同じレベルのものができる。



あたりまえだけどね。
すべては、頭の中にあるんだから。


このレストランが超一流に生まれ変わる瞬間、お楽しみに。
















  
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