2008年08月17日

終戦して63年しかたっていないのですね。

私は娘を抱いて長距離を歩くと、なぜかいつも涙がこみあげそうになります。
どうしてなのか、本当にわかりません。

子どもと逃げ惑うフラッシュバックのようなものを感じるのです。


子どもはおなかをすかせて、泣きじゃくる。一緒に歩いている仲間の大人から子供の泣き声で敵に見つかると困るので、子供を置き去りにしてくれ、と言われる。

子供の重さで自分の足が擦り切れ、泣かないでと言い聞かせながら歩き続ける。
そんな薄い膜のようなフラッシュバックが起こるの。

変でしょう?


それが過去に見たテレビか小説の記憶なのか、なんなのかまったく検討がつかないのです。

誰かがそれは前世の記憶なんじゃない?と言ってたわ。


それが何であっても、ただ、娘を抱いて歩くと必ずどんな時にもそういう感じがあっって。遊びに行くときとか、買い物するときとか、いつでも。
娘が泣いているわけでもないのに。

私はそういう気持ちを避けるために、娘をぎゅっ、と抱きしめて、自分がふいに泣いてしまわないように目を前に向けて歩きます。

もしかしたら母親というのはみんなそんな風に子どもを守っているのかもしれないですね。

私は、自分の子供だけでなく世界中の子供たちが、決して戦争で死んではいけないと思っています。日本は平和だけれど、たった63年前に戦争をしていました。

こんな話を読みました。

まだ生きていらっしゃる日本兵士の話。彼の上官にレイプされることを拒んだ敵国の女性を上司の命令で井戸に落としたのだそうです。そして彼は井戸の中に向かって銃で撃つように命令され撃ったそうです。

そうしたら、どこからか5歳くらいの子どもが出てきた。
その子は、叫びながら女性を追うようにして井戸に飛び込んだそうです。

たぶんその子は、母親の子供だったのだろう、と彼は語っています。

その日本人兵士は、一歩兵であった自分には何もできなかった。上官に逆らえるはずもなく。日本に帰って自分に子どもができてそのことを思うと辛くて辛くてこの話を伝えないといけない、と。

普通の人を平気で残忍な人間にする。それが戦争なんです。

こんな話は日本だけではありません。
戦争に巻き込まれた個人の悲しみや憤り、その風潮や国の決定に従わなくてはならない辛さはどの国の人も兵士でも同じ苦しみを抱えています。


人は集団の母数が増えるごとに倫理が低下する、と聞いたことがあります。
個人の悲しみに戻れば、戦うことがどんなに馬鹿馬鹿しいことかわかるはずなんです。


日本はやっと平和になったのに、憲法を変えてどうして戦う準備をしないといけないのか、私にはよくわかりません。

ただ、子供を抱いて逃げたり、自殺しろといわれた母親は何万人も確かに、そこにいたのです。





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この記事へのコメント
>私は、自分の子供だけでなく世界中の子供たちが、決して戦争で死んではいけないと思っています。

全く同感です。私自身も母親になってみて、わが子の命や幸福のみでなく、世の中の全ての赤ちゃんや幼児達の命と幸福を守ることが自分の使命と感じます。少なくとも、そのために自分ができることをしていくという決意はあります。こういう感覚は男親より母親のほうが強いのかもしれませんね。

よ-こさんの恐ろしい既視感覚、何かのきっかけで感じなくなると良いですね。

私は娘を授かってから、事故や病気等で娘が若くして亡くなってしまういうことが自分の人生で起こることで最も怖いことになりました。そういう妄想が始まると怖くてたまらなくなり、全く別の楽しいことを想像するようにしていました。

そして昨年ロスで、米国の宇宙船のチャレンジャ−号の乗組員の霊と交信したことで有名な霊媒師さんに見てもらった際に、「あなたのお嬢さんは、老後のあなたの面倒を見ます。あなたは独立していてお嬢さんの助けを必要としないのですが、お嬢さんにとっては、あなたをサポ−トすることに非常に大きな意味があり、それを必要と感じています。」と言われました。

私はそれを聞いて、「娘は、私が高齢になるまで生きてくれるんだ!」と嬉しさがこみ上げました。それ以降、娘が若くして亡くなってしまうという恐ろしい妄想を一切しなくなりました。
Posted by やえみ@執筆中 at 2008年08月17日 12:08
ヨーコサン、基本的にはすごく共感します。 戦争はいらない。 ただ「でも戦力は?」と聞かれると、答えに窮します。 自分の子供たちを、果たして徒手空拳で守れるだろうかと。。。 個の単位でも泥棒や人殺しはたくさんいるし、国や民族の単位では戦争や略奪、侵略は日常茶飯事です。  そういう時自分が盾になれるためには、戦力を持たざるを得ない。  大切なのは、そういう泥棒や侵略国家にとって少なくとも脅威になるような戦力の持ち方をすべきだと思います。 戦前の不戦海軍論にも似ていますが。

戦争が始まってしまえば、ルールもなにもありません。みんなが不幸になりますよね。 でも人間は間違を犯すし、欲深い生き物。 そういう人間の中で国や愛する人たちを守るための戦力は必要だと思います。
Posted by ヒロ at 2008年08月18日 12:54
やえみさん

母親にとって自分の子供が死ぬくらい想像を絶することはないですものね。みんな多かれ少なかれそういう恐怖をもっているものかもしれませんね。
いろいろ考えさせられます。

ヒロさん

私は平和を守るには、情報、じゃないかなぁ、と思います。
言葉の壁を超える情報。
外交と情報と交流。

じゃぁ、攻めてきたらどうするんだよ、ってことですよね?難しいなぁ。。


Posted by よーこ at 2008年08月23日 20:36