2015年01月15日

欠けた器

今朝、大事にしてた器が数ミリ欠けてるのを見つけました。
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そんな時に、嬉しくなります。
あぁ、「自分の家のモノらしくなる」なぁ、と思って。
モノは、傷ついたり、馴染んだりして自分のうちのモノになっていく気がする。



このお玉杓子も見てるだけで可笑しい。
どんだけ焦がしてるんだ、って自分の大雑把さに突っ込める。

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器が欠けて、嬉しい、お玉杓子が焦げてて可笑しい、とか。
頭がオカシイと思われるかもしれないけど。

完璧にピカピカだったモノたちが、だんだんウチにしかない形になってて、そこにある。
単にそういう感じ、が好きなんです。新品よりも。

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この記事へのコメント
すごく…素敵な考え方ですね。
私はなにか欠点(グラスにヒビ、絨毯のシミ、壁紙の汚れ等)をみつけてしまうと、途端にいやになってしまい、「どうせ片付けても同じだ、完璧にはならない」と思って片づけることをやめてしまいます。きれいにする努力もせずにすぐに捨ててしまったり。定期的に汚部屋→普通の部屋→汚部屋→…になっています。

少しくらいの欠点なら愛せるくらい、余裕のある心を持ちたいなと思いました。
Posted by かえる at 2015年01月16日 09:25